クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

サヴァリッシュのリング

 サヴァリッシュの思い出深い公演については前記事で書いたが、今回は彼が指揮した録音録画ディスクの中から一つ採り上げて書いてみたい。バイエルン州立歌劇場によるワーグナーニーベルングの指環」全曲収録(1989年)である。
 これはNHKがドイツでの公演ライブをハイビジョンで収録したということで、当時話題になったものだ。ハイビジョン放送はこの当時の最先端技術で、NHKの総力を結集させた一大プロジェクトと言われたものだが、まさにN響とのつながりが深かったサヴァリッシュがいたからこそ可能となったコラボレーションであろう。

 ちょうどこの頃、私はようやくオペラに目覚め、オペラをどんどん吸収しようとして沢山の作品を見たり聞いたりしていた時期だった。必然的な流れでワーグナーにもハマっていき、ついに指環に挑戦する機が熟した、まさにそうした絶好のタイミングでこの映像(レーザーディスク)が発売されたのであった。

 丁重で分厚いケースに収められたレーザーディスク(初版)の値段は8万円もした。これは当時の感覚で、めちゃくちゃ高かった。薄給サラリーマンにとっては高価品だった。

 収録したのがNHKなわけだから、当然のごとく放送された。BSハイビジョンで。だが、悲しいことに、我が家にはハイビジョン放送を視聴する環境が整っていなかった。この映像を見たかったら、もう清水の舞台から飛び降りるしかなかった。私は飛び降りた。
(飛び降りた後、しばらくしてから、NHKは通常のアンテナと視聴料で見られる教育3チャンネルでもこれを放映した。こん時ゃ、まじガックリ肩を落としたね。)

ま、何はともあれ、レーザーディスクを購入した私は、さっそく職場に有給休暇を申請した。

1日じゃないぜ。3日もだ。

8万円もの音楽鑑賞である。居てもたってもいられなかったのだ。仕事から帰宅してから、ちょっとずつ見ていくのは嫌だった。一気に見たかった。全力で集中して見たかった。そう、あたかもバイロイト音楽祭に臨むかのように(笑)。

職場の同僚が訝しがった。
「どこか旅行にでも行くのかい?」
「いいや、どこにも行かないよ。」
「何か予定でも?」
「家で音楽を聞くんだよ。」
「???」

ええい。オマエらには到底理解できんことだ。ほっとけ。


 演奏はすこぶる充実した立派なものだと思う。
 何よりも特筆すべきは、R・コロとH・ベーレンスという二人の世界最高のワーグナー歌手(誰がなんと言おうと、オレは絶対そう信じる!)が揃っていることであろう。あとは、ハーゲン役のM・サルミネンも悶絶するくらい素晴らしい。

 マエストロ・サヴァリッシュが指揮するワーグナーは、揺るぎない自信に満ちた確固たるものだ。
 この頃のバイエルン州立歌劇場には、「ワーグナーとR・シュトラウスモーツァルトは、この劇場と結ばれていて、特別な存在。故に、この3人の作品上演においては、世界の規範たるべき。」といった強い自負が感じられる。

これは総監督だったサヴァリッシュの気概そのものだろう。

果たして、今のバイエルンにこの気概があるのであろうか?

甚だ疑問と言わざるを得ない。

 N・レーンホフによる演出は、過激な演出がはびこる現在では穏当の部類に入るかもしれないが、当時は「先鋭的」と言われた。
 最大の特徴は、ブリュンヒルデの自己犠牲によって世界が救済されるはずが、「すべて死に絶える」という悲劇的結末に読み替えたこと。
 ジークフリートブリュンヒルデなどの登場人物の亡骸があちこちに転がった現場に、最後に一人生き残ったローゲが姿を現し、「やはり起きてしまったか・・・。」と嘆く。ワーグナーの救済のテーマが虚しく響く中、ローゲは「このような惨憺たる状況を、いったい貴方たちはどういう思いで観ているのか!?」と言わんばかりに観客を睨みつける。まるで、見ている我々が当事者であり、事の発端であるかのように。これはかなり衝撃的だ。
 しかも、ラストシーンの舞台は、どう見ても原発事故現場。
 演出家はこの時チェルノブイリ事故を念頭に置いたのだと思うが、20年後に原発事故に見舞われた我が国にとっては、予言的でグサリと突き刺さる舞台でもある。


 ところで、このディスクには特典付録映像が付いていた。タイトルは「リングへの招待」。

 昨日、改めてこの「リングへの招待」を視聴してみた。
 ミュンヘンの街の紹介、ワーグナーバイエルン国王ルートヴィヒ2世とのつながり、劇場の紹介、収録したリングのダイジェスト、更には演出家や主役歌手のインタビューなど、盛りだくさんの映像である。

 中でも、サヴァリッシュ自らが劇場の歴史や舞台機構などを紹介し説明するシーンは、訃報に接した今、感慨が込み上がった。私が知っている元気なサヴァリッシュがそこにいたからだ。
 おそらく指揮者人生でもっとも充実していた頃だったのだろう。顔色が良く、声にも張りがある。何よりも、世界のトップ歌劇場(の一つ)を統率している責任感、プライド、そしてオーラが感じられる。

 劇場紹介の中で、「舞台面積は非常に大きくて、あのメトロポリタン・オペラより10平方メートルも大きいんです。ただ、新しく完成するパリ・オペラ座バスティーユ)に抜かれてしまうのですが・・・ま、いずれにしても世界最大です。」と語っている時の顔が、誇らしさの中にちょっぴり悔しさが滲み出ているみたいで、面白い。