指揮 マリス・ヤンソンス
第一日 交響曲第4番、第3番英雄
第二日 交響曲第1番、第2番、第5番
あまりにも過度の期待をかけてしまったせいであろうか・・・。
私は正直、少し戸惑っている・・・。
「良くなかった。不出来であった。」ということではない。演奏が素晴らしかったことは間違いない。バイエルン放送交響楽団の演奏水準は非常に高く、秀逸で、その技術的な上手さは舌を巻くほどである。まさに完璧と言っていいだろう。
であるがゆえに・・・そう、あまりにも上手く、あまりにも洗練され、整然としすぎてしまっているのである。
ヤンソンスのベートーヴェンは奇を衒わず、正々堂々とオーソドックスで勝負。見得を切ったり、大向こうを唸らせることをしない。荘重さに縛られることなく、すっきりとした古典様式を守っている。古楽奏法とは一線を画しつつ、ベートーヴェンの頭の中に鳴っていたであろう音楽を鮮やかに現代に蘇らせている。
そういう意味では、まさに正統的かつ模範的なベートーヴェンなのだ。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
均整の取れた精緻この上ない演奏が、ベートーヴェンにとって正統的かつ模範的であることを意味するのだろうか。
ベートーヴェンは、音楽の革命児だったと思う。ハイドンやモーツァルトなどの古典様式をダイナミックに打ち破り、交響曲というジャンルに新時代を切り拓いたのがベートーヴェンだ。そこにあるのは、壮大なエネルギーであり、高らかな人間宣言である。
ただし、救いはある。
第3番と第5番の演奏の中に、あたかも時代の幕開けを予感させるようなパンチの効いた高揚感が見られたことだ。