クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

歌劇場での服装について

 先日、「ミラノ・スカラ座に出陣するにあたって、服装をどのように気を付けたらよいか」という御質問のコメントをいただいた。
 ちょうどいい機会なので、私が知っている海外のその辺の事情や、それに対する私自身の考えなどについて書いてみようと思う。
 
 御存知のとおり、オペラという芸術そのものが王侯貴族などによって保護されてきた歴史的経緯があることから、欧州では今でも「劇場は社交の場」とみなされていることが多いし、それを鵜呑みにして「歌劇場に行くのなら、きちんとした格好をしなければならない。」と考える日本の方も多いと思う。
 確かに、向こうの歌劇場に出かけてみると、エレガントに着飾っている紳士淑女を見かけることはあるし、私から見て「ああ、こいつらオペラを観に来ているんじゃなくて、明らかに社交目的で来てやがるな。」といった連中も少なくない。
 
 一つ言えるのは、「服装に最大限の注意を払わなければならないような敷居の高い劇場は、特別な日や、特別な音楽祭を除き、ほとんどない」ということだ。
 
 多くの人がほぼ正装に近い格好で集う劇場や音楽祭は確かに存在する。例えば、バイロイトザルツブルクグラインドボーンなどの音楽祭は、そうだ。
 だが、グラインドボーンを除けば、明確なドレスコードはなく、仮にラフないでたちで入場したとしても、決して断られることはない。実際にそういうラフの格好の人は、もちろん少数ではあるが、いる。
 要するに、何を着るかについては、劇場側が義務付けするわけでも条件を出すわけでもなく、参加者側の判断に委ねられているということだ。
 
グラインドボーン音楽祭だけは、「ちゃんとした格好で来てください。」と事前にアナウンスされるらしい(真偽不明)。ここは数少ない例外中の例外と言っていいだろう。)
 
 世界の一流劇場と呼ばれている中から、具体的に見ていこう。
 
 ウィーン国立歌劇場ミラノ・スカラ座、英国ロイヤル・オペラ・ハウス、ベルリン州立歌劇場などの、普段の公演、いゆわる通常レパートリー上演の場合。
 こうした公演日では、男性は上着&スラックス(スーツ)にネクタイ、女性は「ちょっとしたお出掛けモードの服」で十分。おしゃれして素敵な格好で来場する人もそれなりにいるが、仮にノーネクタイのカジュアルであっても、全然問題なし。決して変な目で見られることはない。

 いかにも「頑張りました!」みたいに気合が入った正装でお出ましの日本人を時々見かけるが、常連さんからは「事情がよく分からない‘一見さん’‘初心者’」だとあっさり見破られる。本人は「せっかくの晴れ舞台」と思い込んでの着飾りだと思うが、レパートリー上演日は、現地の人にとっては必ずしも「晴れ舞台」の場ではない。
 特にウィーン国立歌劇場の場合、意外かもしれないが、実際は想像以上に観光客が多い。「本当は別にオペラに興味ないけど、せっかくなのでちょっと覗いてみました」みたいな。その人たちは、カメラ片手に劇場内での写真撮影に余念がない。だから高級な社交の場を期待して行くと、がっかりするだろう。
 
 ただし、シーズン開幕、ガラ、プレミエ(新演出の初日)、スター歌手の特別出演といった、通常公演ではない日は、話は別。雰囲気は一変する。着飾っている人が多いので、それなりの注意が必要だ。
 
 メトロポリタン・オペラやパリ・オペラ座の場合、予想以上にカジュアル度が高い。
特に、パリのバスティーユ
ジーパンTシャツ全然オッケー。若い人も多く、社交の場の雰囲気ゼロ。純粋にオペラを楽しもうとする人が多く、それはそれで非常に素晴らしいと思う。(ただし、ガルニエ宮では、少しエレガントな雰囲気が漂っているので、気を付けましょう。)
 
 バイエルン州立歌劇場の場合、通常のレパートリー上演であっても比較的正装率が高い。音楽祭を除いたレギュラーの劇場の中では、かなりの高級部類に属する。男性ブラックタイ、女性肩出しドレスで全然浮かない。もしおしゃれして劇場に出かけたいのなら、ココは狙い目だ。
 
 
 さてここで、鑑賞時における服装について、私なりの考えを述べたい。
 
 以前、某有名な女流作家が雑誌のコラムかなんかで、「せっかくオペラ鑑賞に出かけたら、観客の中にきちんとした格好でない人がいて、非常に不愉快になり頭にきた。」と書いていたのを読んだことがある。私はそんな彼女の思い上がった考えに対して、非常に不愉快になり頭にきた。
 
 劇場をスペシャルな場所と位置付け、自らの気持ちを高揚させるために、おしゃれして臨むことについて、私は何の異論もない。大いに結構。自らの意思でそうしているわけだし、それぞれの自由だし、それがその人達なりの楽しみ方なのだから。
 
 だが、そのようにしない人に対して見下しの目を向けるのは如何なものか。「オペラは高級かつ上品な趣味で、社交の意味合いがあり、それにふさわしい人がふさわしい格好で・・・」などと思っているかどうかは知らんが、てめーの勝手な妄想だ。
 おそらく女史は、観劇後、レストランに行って美味しいワインと美味しい料理に舌鼓を打ちながら、「ああ、私ってなんて素敵なんでしょう!」などとのぼせているに違いない。セレブ気取りで、単に自分に酔っているだけ。オペラが好きなのではない。一流公演だけ足を運び、オペラとおしゃれとお食事がセットされたそれら全体の雰囲気を楽しんでいるだけだ。それが証拠に、彼女を新国立とか二期会とかで見掛けたことがない。
 
 オペラ鑑賞そのものを最大の目的としている私にとっては、この際はっきり言っちゃうが、服装なんかまったくどうでもいいことなのである。一番重要なのは音楽。音楽がすべて。音楽に集中し舞台に集中するためには、それ以外に何かと気に掛かなければいけない諸々の要素は極力排除したい。
 例えば、劇場内の暖房がよく効いていると、ぽかぽかと気持ちが良くて眠気を催す。睡魔こそ最大の敵。集中力を持続させるためにも体温調節は重要であり、このため、暑いと思ったら私は何の躊躇もなく上着を脱ぐ。
 
 だからと言って、じゃあTシャツ、短パンでいいかと言えば、そうとも思わない。近所のコンビニに買い物に行くのとはわけが違う。常識の問題だ。
 
 結論を言おう。
 適度にちゃんとした格好で行けばいい。「周囲にどう合わせなければならないか」ではなく、「自分がどのように装いたいか」で決めればいい。そして何よりも、自分の音楽鑑賞にとって最も適した格好をすればいい。以上の判断でその日の服装が決まったら、あとは堂々と劇場に入場し、人の目など気にせず、舞台に集中してオペラを楽しもうではないか。
 
 
 最後に、ドレスコードがあるらしいグラインドボーン音楽祭について一言。
 私は世界各地の歌劇場や音楽祭を駆け回っているが、この音楽祭だけは全く興味がなく、行くつもりがない。なぜなら、この音楽祭は上流階級のしきたりに従わなければならないから。休憩時間を必要以上にたっぷり取り、その間、広大な敷地内でピクニックして過ごせ、だと?? アホらしー。笑わせるなっつーの。