クラシック、オペラの粋を極める!

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レオ・ヌッチ

 今、自室で、ロンドン・デッカから発売されたシャイー指揮ボローニャ歌劇場のリゴレットCD(1989年録音)を聴きながらこれを書いている。タイトルロールはもちろんヌッチ。マントヴァ公がパヴァロッティ、ジルダがジューン・アンダーソン、スパラフチーレがギャウロフというなかなかの豪華版だ。
 「チューリッヒでのあの感動をもう一度」ということで久しぶりにこのアルバムを聴いているが、うーん、このヌッチのリゴレットはやや軽いな(笑)。そりゃ20年以上も前の録音だからなー。現在のヌッチは、歳を重ね経験を重ね、その分、声に貫禄が備わっている。
 
 イタリアの正統バリトンの継承者であり、ヴェルディプッチーニロッシーニなどにおけるバリトン諸役で断トツの存在であるヌッチ。バリトンに限らず男女を問わず、現在のイタリアを代表する大歌手と言っていいだろう。
 70歳になっても衰えは微塵もなく、ますますいぶし銀の輝きを放っている。レパートリーも様々で、セリアからブッフォまで、善人から悪役までどんな役でもこなすことができ、それを自分のスタイルに収めてしっかり確立させているのは驚異的としかいいようがない。
 
 これまで私は、スカルピア、フィガロ(セヴィリアの方)、イヤーゴ、ナブッコマクベス、ジョルジョ・ジェルモン、そしてリゴレットを劇場で聴いているが、本日はその中から特に忘れられない公演を御紹介したいと思う。
 以前、イタリアの音楽事情に詳しい知り合いの人から、「ヌッチは世界的な歌手だが、イタリア国内での評価は想像以上に高い。イタリア人はみんなヌッチが大好きですよ。」と教えてくれた。そのお話を裏付けるような楽しいエピソードである。
 
 ヌッチが歌ったのはセヴィリアの理髪師フィガロ。2005年1月、パルマ王立劇場の公演だ。指揮マウリツィオ・バルバチーニ、演出ベッペ・デ・トマージ。他の主な配役としては、アルマヴィーヴァ伯爵がラウル・ヒメネス、ロジーナがアンナ・ボニタチブス、バルトロがアルフォンソ・アントニオッティなど。
 
 第一幕、ヌッチ演じるフィガロが颯爽と登場し、あの有名なアリア「オイラは町のなんでも屋」を歌った。もちろん素晴らしい歌唱で、ヌッチつかみはオッケー、いきなりブラヴォーの大喝采となった。
 
 そんな中で、なんとパルコ(バルコニー)上方階(天井桟敷?)から、たった一人、敢然とブーイングを飛ばした猛者が現れた。この輩、実にいい根性をしている。いったい何が気に食わなかったのか・・。まあ、世の中にはひねくれ者もいる。一人がブーイングを飛ばしたところで多勢に無勢、そんなのは無視すればいいさ。
 
 ところが、である。パルマの聴衆はこれに黙ってはいなかった。
 私自身パルコ席にいたので客席全体をはっきり見渡せたのだが、平土間席のお客さん、その他パルコ席のお客さんが一斉に後ろを振り向いて、ブーイングが飛んだ方向を睨んだ。そして多くの人が抗議の意思を示し、反撃を開始したのだ!
「おい、誰だブーイングしたのは? どういうつもりだ!」
「あんな素晴らしいアリアが何でブーイングなんだ?!」
「ふざけるのもいいかげんにしろ!ブラヴォーに決まっているだろう!」
 みんな右手を振り上げ、明らかにブーした人間に対して怒っている。
 
 ブーした人間も負けちゃいない。再び「ブゥーーーッッ!!」とやった。オーマイガッ。信じられません。
 
 場内が騒然となってしまった。
 多くの観客が上に向かって「アホったら!マヌケ!出ていけ!」そして「ブラヴォーだ、誰が何と言おうとブラヴォーだ!」とヤンヤヤンヤの大喝采
 
 いやあ、パルマの聴衆、熱いっ!!! これぞイタリア!(笑)
 
 さて、その間、ステージにいたヌッチ御仁はどうしていたとお思いか?
 
 腹抱えて笑っているのである! まるで人ごとのように。
 
 いやー、さすがヌッチ。この達観。超余裕。すげー!!
 
 しばしの中断の後、ようやく興奮が収まってきた時、ヌッチが指揮者に合図を送った。アンコールだ!
 もう一度繰り返し歌って「どうだ!」と大見得を切るヌッチ。場内は興奮の坩堝と化した。
「ブラヴォー、ブラヴォー、大大大ブラヴォー!!!!」
 再び大笑いのヌッチ。もう役者が違うとしか言いようがありません。参りました。
 
 この時の一部始終、皆さんにお届けしたかったです。本当に面白かったです。
 
 ということで、ヌッチの忘れられない公演でした。