クラシック、オペラの粋を極める!

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2012/5/9 ポゴレリッチリサイタル

2012年5月9日  イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノリサイタル   サントリーホール
ショパン  ピアノソナタ第2番「葬送」
リスト  メフィストワルツ第1番
リスト  ピアノ・ソナタロ短調
 
 
 ピアノ界の異端児、変人、そして怪物、ポゴレリッチ。(彼は自分自身のことを『ノーマル』だと思っているに違いないが)
 常軌を逸しているとしか思えない彼の演奏が、何を隠そう私は好き。いや、好きというよりも、「好奇心が騒いで、コンサートに行かずにはいられない」っていうか。怖いと分かっていて、つい見たくなるようなホラー映画のようなものか。
 
 もう20年以上も前の公演、1988年6月にサントリーホールでのリサイタルで演奏されたラヴェルの「夜のガスパール」が、未だに忘れられない。それは、悪魔に取り憑かれた演奏だった。この日の晩、私は眠れなかった。ポゴレリッチの悪魔の演奏が私の寝床を襲った。彼の演奏が頭の中をグルグル回り、脳を蝕んだ。
 
 3年くらい前、彼の来日予定公演に再び「夜のガスパール」がプログラミングされた時、私は鳥肌が立ち、再び悪魔と対決すべくチケットを買ったのだが、残念ながら急病によりキャンセルとなってしまった。
 おととしのゴールデンウィークに彼は来日し、前回のキャンセルを償うかのように「夜のガスパール」がプログラムに入ったが、残念ながら私の方が海外出張で聞けなかった。
 
 今回、私にとって5年ぶりの彼のリサイタルであった。たしか5年前のリサイタルでも、ショパンソナタ2番を演奏したと記憶する。
 
 ホールの照明は普段のコンサートよりも更に一段と暗く落とされ、なんとなくただならぬ雰囲気が漂う。仕事を終えてから会場に向かった都合で、席に着いたのは開演のほんの5分前だったが、なんと、その直前まで、ポゴレリッチはステージで練習をしていたそうだ。そういえば、ちょうど会場入りした時、ピアノがポロロンと鳴っていたのが聞こえたが、てっきり調律師の調弦音だと思っていた。
 
 一曲目のショパンソナタ2番は、ちょっと以外だった。前回のソナタ2番の演奏を覚えているが、もっと極端に遅かったような感じがする。きっと、年代によって作品の解釈が変わるのだろう。
 
 だが、たとえ解釈は変わっても、彼の演奏スタイルは変わらない。
 「どうしてそんなに大きい音が出るのか」と思うくらい、打鍵が強い。奏法を注意深く観察したが、明らかに左手が受け持つ低い音に対して、力が込められている。その結果、音質はドス黒くなる。ブラックホールのような漆黒。
 
 メインのリストのロ短調ソナタは、ポゴレリッチの本領がついに現れた。通常30分程度のこの曲の演奏が、50分を要した。地獄のようなリタルダンド。全ての音符、いや、音がない休符やフェルマータにまで徹底して追い打ちをかけ、その意味を問う。ああ、また悪魔が顔をのぞかせてきた!!恐ろしい!
 
 人は彼のことを「天才」と呼ぶが、私はそうは思わない。天賦の才能に任せたひらめきの演奏では決してない。追求に追求を重ね、一切の妥協を排した究極の演奏・・・。誰にも近づけない孤高の世界で、彼はきっとメフィストフェレスをステージに呼び、自らの命と引き換えに、音楽の魂を買っているのに違いない。