クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

2012/4/8 東京・春・音楽祭(ワーグナーシリーズ)

2012年4月8日  東京・春・音楽祭 ワーグナーシリーズvol.3   東京文化会館
ワーグナー  歌劇タンホイザー(コンサート形式上演)
指揮  アダム・フィッシャー
管弦楽  NHK交響楽団
合唱  東京オペラシンガーズ
ステファン・グールド(タンホイザー)、ペトラ・マリア・シュニッツェル(エリザベート)、ナディア・クラステヴァ(ヴェーヌス)、マルクス・アイヒェ(ヴォルフラム)、アイン・アンガー(ヘルマン)、ゲルゲリー・ネメティ(ヴァルター)、シム・インスン(ビテロルフ)    他
 
 
 春爛漫の上野は、花見客でごった返していた。JRを利用してやってきたOくんによると、上野駅の公園口改札を抜けるだけで10分もかかったとのこと。上野界隈は、きっとこの日が一年で最も人が多かったに違いない。文化会館のトイレまでもが花見客で溢れ、長蛇の列だったのは思わず笑ってしまった。
 
 そんな大喧騒の上野の森の中で、世界のトップ級歌手が一堂に会し、世界のどこに出しても恥ずかしくないほどの極上のワーグナー演奏が繰り広げられた。
 
 日本人によるオーケストラと合唱を除けば、これはもう、さながらウィーン国立歌劇場引越し公演の様相を呈していると言っても過言ではない。
 N・クラステヴァ、M・アイヒェ、A・アンガーの3人は、ひょっとすると日本人にとって馴染みが薄いかもしれないが、いずれもウィーン国立歌劇場を本拠に活躍し、当劇場のレパートリーシステムをがっちり支える重要なソリストたちである。ウィーンに行って国立歌劇場の月間スケジュールをパラパラと眺めれば、比較的容易に彼らの名前を見つけることができるだろう。
 以前、クラシック雑誌のインタビュー記事で、同劇場の前総裁であるイアン・ホーレンダー氏が、東京・春・音楽祭に関してコメントを寄せていたのを読んだことがある。表には出ていないが、きっとウィーン国立歌劇場から少なからずの助言や協力を得ているに違いない。でなければ、これだけのキャストを一挙に連れてくるのは難しい。
 ひょっとして、前音楽監督小澤征爾がつなげてくれた友情と結びつきなのであろうか?
 いずれにしても、ありがたいことだ。
 
 
 私は以前から、自分が鑑賞した公演が良かったかどうかの一つの尺度として、「作品そのものの魅力を再発見することができるか」つまり、演奏云々よりも「改めていい曲だと思い知った」という感想を持つことが出来るかをポイントに挙げている。
 
 その点において、この日、私は「タンホイザー」という作品の素晴らしさに改めて唸った。作品のどこを切り取っても、魅力に溢れている。つまり、この日の公演は「良かった」ということだ。
 
 これはきっと、今回の上演がオペラ形式ではなくコンサート形式上演だったことが多分に影響している。演出によって余計な思考を働かせる必要がないため、100%純粋に音楽を味わうことが出来たからこそ、上記のような印象に至ったのは間違いないだろう。
 
 歌手の中では、タイトルロールのS・グールドが、やはりというか圧巻だった。貫禄があるが、けっして力任せではなく、いかにワーグナーらしく声を響かせるかに細心の注意を払っている。さすがである。
 2001年9月、バイエルン州立歌劇場が来日し、メータ指揮で「トリスタンとイゾルデ」(P・コンヴィチュニー演出)が上演されたことを覚えている人・公演に足を運んだ人は多いだろうが、いったいどれほどの人が、「メロート役」で彼が出演していたのをはっきり思い出せるだろうか?あれから10年、彼は成長し、今や世界屈指のヘルデンテノールとなったのだ。
 M・アイヒェのヴォルフラムも、特に第3幕の夕星の歌で美しい歌唱を聞かせ、聴衆を唸らせた。堅くて真面目そうな顔立ちも、なんとなくヴォルフラムっぽくて良かったと思う(笑)。
 ヘルマン役のA・アンガーは、先日ミュンヘンで観たワルキューレでフンディングに出演していた。ワルキューレの一連の公演に出演後、そのままミュンヘンから日本にやってきたに違いない。お疲れ様です。
 
 オーケストラのN響も賞賛に値する演奏だったと思う。だが、N響の真の実力を持ってすれば、これくらいの演奏は当然。日本でならこれでいいが、本場と比べれば見劣りする。ベルリン州立歌劇場やバイエルン州立歌劇場で聴ける、あたかも音の塊が押し寄せるかのような迫力にはまだまだ欠ける。
 
 「ワーグナーの本流にあるベルリンやミュンヘンの一級オケと比べても、何の意味もない」という意見はあろう。だが、N響が世界に伍するオーケストラになるためには何かが足らないということは厳然たる事実。先日、ミュンヘンでの圧倒的な演奏を聞いて腰を抜かすほど感銘を受けた者として、N響の更なる飛躍を願って、あえて注文を付けさせていただこうと思う。
 
 
 このタンホイザーをもって、今年の東京・春・音楽祭は閉幕した。
 来年はマイスタージンガー。キャストも発表された。バイロイトマイスタージンガーを振った指揮者ヴァイグレを筆頭に、アラン・ヘルド(ハンス・ザックス)、クラウス・フローリアン・フォークト(ヴァルター)、アドリアン・エレド(ベックメッサー)、ギュンター・グロイスベック(ポークナー)など、これまた豪華キャストが並んでいる。本当に楽しみだ。
 
 その前に、今回来日した歌手の皆さんは、是非、日本の桜を心ゆくまで堪能して、気を付けてお帰りくださいね。