クラシック、オペラの粋を極める!

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2011/2/22 二期会 サロメ

2011年2月22日  二期会オペラ  東京文化会館
指揮  シュテファン・ショルテス
林正子(サロメ)、大沼徹(ヨカナーン)、高橋淳(ヘロデ)、板波利加(ヘロディアス)   他
 
 
 お騒がせ演出家コンヴィチュニー。私もこれまで何度となく彼の演出による舞台を見てきているので、だいたい彼がどんなことをやろうとしてくるのか、事前におおよその察しがつく。原典や脚本に基づいた一般的な流れや展開には絶対にせず、確信的にその逆を突いてくるのが彼の常套手段。だから「そうあるべき」の逆を考えれば、予想は比較的容易だ。
 今回のサロメで言えば、①サロメの例の場面では絶対に踊らない、②ヨカナーン預言者でも何でもなく穴蔵に閉じ込められていない、また首も切られない、③登場人物の相関関係がオリジナルから解体される、などといった事は最初から分かりきっていた。実際そのとおりで、「ふふん、お見透かしだよ」と思えた部分もあった。
 
 だが、それでも今回のサロメは型破りで、私の想定を遥かに超えており、かなり面食らった。
 
 設定場所からしてよく分からない。閉ざされた部屋である。通常のサロメではヨカナーン一人が穴蔵に閉じ込められているのであるが、ヘロデやヘロディアスを含めた登場人物全員がそこに閉じ込められているのであろうか?
 彼らは最初からそこにいて、勝手気ままにアングラ・パーティを楽しんでいる。楽しんでいると言えば聞こえがいいが、要するに暴力、拳銃、麻薬、妄想、セックス、性的倒錯など‘何でもあり’の完全アブノーマルの世界だ。ヨカナーンは覆面を被せられて後からそこに運び込まれた部外者のようにも見える。サロメとヨカナーンは、お互いの存在と感情が付きつ離れつの交錯を繰り返しながらも、最後は手を取り合って結ばれる - 大雑把に言えばそういうことなのかもしれないが、舞台上で表出される事象はそんな生易しい類のものではない。もう、とにかくぐっちゃぐちゃだ。支離滅裂、複雑怪奇、言語道断、意味不明・・・。とてもじゃないが、理屈で説明できない。途中、壁にドアを手書きし、そこに体をぶつけて無謀な脱出を試みたりしている様子からして、閉所空間に永く居続けた結果、皆が精神錯乱を起こしているのかもしれない。
 
 とにかくコンヴィチュのことだから、出演者に適当に任せるような曖昧な演出指示を与えることは絶対に考えられず、全ての動き一つ一つに明確な意図が存在するはずなのだが、残念ながら私にはほとんど理解不能。やれやれ、と完全に閉口し、半ば呆れながら推移を見守っていたら、ようやく最後の最後で彼の狙い(の一つ)が明らかになった。
 
 ヘロデが「あの女を殺せ!」と叫ぶ最後の場面。このセリフを吐いたのは舞台上にいるヘロデではなく、客席(一階席中央付近)で観客に扮した出演者であった。いきなり立ち上がって、日本語で「殺せ!あの女を殺せ!」と声を荒らげた。隣に座っている連れの女性(もちろんこちらも共演者)は、「やめなさいよアンタ!」と制止しようとするが、男性は収まらず、怒りに震えながら手を振り上げる。
 
「なるほどねー」
 
 脚本上「あの女を殺せ」になっているので仕方なくそのセリフに従ったが、本当はそうではなくてこう言わせたかったに違いない。
 
「こんな酷い物を作りやがって、てめー、この野郎!ふざけるな!」
 
 コンヴィチュニーは既成のストーリーを根底からぶっ壊し、これに伴う観客の猛反発を最初から織り込んだ上で、「このオペラは一歩間違えばこうなる」という作品に潜む奇怪さと危うさを具現したのだ。もともと、少女が男性の生首を欲し、切断した顔の口にキスするという常軌を逸したスキャンダルな物語なのである。
 初演の際にもさぞかし壮絶な拒絶反応にあったであろうこの作品を蘇生させるにあたって、その拒絶反応までをも上演に盛り込むあたりが、さすがコンヴィチュニーというわけだ。案の定、この日もバッチリ予定通りかなりのブーイングが飛んで、「そうそう、そうこなきゃね!」とニンマリ、してやったりのコンヴィチュさんでした。ブーイングをした皆さん、全て彼の術中にはまっているわけですよ!残念でした。ホント憎たらしいですねー(笑)。
 
 それにしても、これだけたくさんの演技指示を詰め込まれた上で動き回りながら歌わなければならない歌手の皆さんは気の毒だ。普段の真の歌唱実力の三割減になってしまっている。オーケストラも、そんな哀れな歌手を更に脅かしてはいけないと控えめの表現に終始。もしこの上演ライブを録音し、映像なしの音のみで聴いたら、物足りなくてしようがないだろう。
 おまけに、舞台上でやたら騒音を立てるので、これでは「音楽を踏み台にしている」と批判されても仕方がない。もっともそんな批判だって、「それが何だというのだ??」とあっさりかわされてしまうだろうけど。
 
 もし、この上演を観て気に入らず、何らかの不満の意思を示したいと思ったらどうしたらいいと思いますか?ブーイングですか? いや、ブーイングは彼の思うつぼだということは上に書いた。
 
 彼は挑発しているのだ。だから挑発に乗らず、全員で暖かく100%のブラボーを贈るか、無視をキメこんで生ぬるい拍手で終わらすか、どちらかがいい。さぞやがっかりすると思うよ(笑)。