クラシック、オペラの粋を極める!

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2010/11/5 ウィーン・フィル

モーツァルト  交響曲第33番
ハイドン  交響曲第103番太鼓連打
 
 
 今回、指揮者とプログラムが変わってしまったのは本当に残念だった。サロネンマーラー9番は、実現していたらさぞかしエクサイティングな公演だっただろうな。
 まあ指揮者がネルソンスに変わったことについては許す。ネルソンスは注目すべき指揮者である。欧米では飛ぶ鳥を落とす日の出の勢いの活躍ぶりだ。遅かれ早かれ彼の時代はやってくる。それを一足早く、しかもウィーン・フィルと聞けるのだから。
 
 だが、プログラムがドヴォの新世界になっちゃったのは、「あっちゃあ~」だよなあ。
 かたや20世紀が生んだ究極の交響曲、かたや民謡交響曲・・・(新世界を愛するみなさんスミマセン)。
ドヴォのファンにはほんと申し訳ないけどサ、あたしゃどうも苦手である。特に第3楽章なんか、田舎の盆踊り大会で「あらよっ、えいサー、ほいほい」と踊っている風景がいつも浮んでしまい、聴いていて恥ずかしくなる。細川たかしの『きたぁ~のぉーー酒場通りにわぁぁ~』に似た旋律が出てくると、思わず吹き出したくなる。
 
 ということで、私はよっぽどでない限り、自ら新世界がメインプログラムとなる公演に行かないのだが、ここはポジティブシンキングで、「新世界もたまには聴かなきゃダメだ。今回聴くチャンスが得られたのだ。久しぶりに新世界が聴けるのだ。」と思い直すことにした。ちょー無理やり(笑)。
 
 この日の川崎、客の入りがよろしくない。平日の川崎、指揮者とプログラムの変更、日本ではまだ知名度が高くない指揮者、ということが重なった結果か。アーノンクールの鑑賞記でも書いたが、それに加えて長引く景気低迷も根底にあろう。チケット代高いもんな。
おかげでチケットは以前に比べて格段に取りやすくなったが、それでも私は心配だ。そのうちウィーン・フィル側から「日本ではお客が入らないのでもう来ません。これからは中国に行くので、聴きたい方はそっちへどうぞ。」とか言われそうである。
 
さて、公演について。
一発目のモーツァルトが、超がつく絶品。そりゃそうさ、ウィーン・フィルモーツァルトだもんな。誰が振ろうとウィーン・フィルモーツァルトは絶対にして最高。多分オレが振ってもあの音は鳴りそうな気がする・・(お願いします、誰か突っ込んで)
ネルソンスがやっていることは、ウィーン・フィルが一番いい音を出せるような環境作り。あとはオーケストラと同じ呼吸をしながら、一緒にモーツァルトを感じる。それこそが、このオケでモーツァルトをやる場合、一番いい音楽になるということを、彼は既に悟っている。
 
一転して新世界は積極果敢、アグレッシブだったが、これもネルソンスの音楽を押し付けるというより、オーケストラの潜在力を引き出そうとする吸引のパワーそのもの。若いのにそういう能力に非凡さを感じることが出来るのは、おそらく、オーケストラの器楽奏者(トランペット)のキャリアがあり、実際に演奏する側から指揮者をつぶさに見ていた経験が大きいのではないかと推測する。
 
それにしても、ネルソンス、師匠のヤンソンスに指揮ぶりがそっくり。鼻を鳴らすような唸りまでそっくり(笑)。そこまで真似する必要もないと思うが。
いずれにしても、今後の活躍がますます期待できそう。来年4月のローエングリン(東京・春・音楽祭)、バイロイトでも無難なデビューを飾ったということで、楽しみにしてまっせ。
 
 最後にコンマスのライナー・キュッヒルさん。今まで「世界最高のオーケストラの、まさに顔」の割には、実はソリスティック的にはそれほど上手くない、ということは長年クラヲタどもの間でヒソヒソ話で語られていたのですが、今回のハイドンのソロ部分でついに公然になってしまいましたね。休憩中のロビーで、素人っぽいオバチャマ方が「コンマスさん、いっぱい音を外してたわよねー」と話し合われておりました。ご愁傷さまです(笑)。