クラシック、オペラの粋を極める!

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2010/8/9 ワルキューレ

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2010年8月9日  バイロイト音楽祭
演出  タンクレード・ドレスト
ヨハン・ボータジークムント)、クワンチュル・ユン(フンディング)、アルベルト・ドーメン(ヴォータン)、エディット・ハッラー(ジークリンデ)、リンダ・ワトソン(ブリュンヒルデ)、藤村実穂子(フリッカ)  他
 
 
《  天 国 と 地 獄  》
 
1 天国
 とてつもない、すさまじい第一幕だった。神懸かりの演奏だった。
 ヨハン・ボータのピンと張った美声、声量の絶妙コントロール、余裕の歌唱表現。
 エディット・ハッラーの迫真の演技、100%の感情移入による圧倒的表現力。
 クワンチュル・ユンの眼力を利かせた重厚な立ち振る舞い。
 そして指揮者ティーレマンの、オケを自由自在に操り、ぐいぐいと引っ張ってクライマックスに運んでいく強烈な推進力。
 
 4者の強力なタッグにより、苦悩・絶望・嘆きから、希望・目覚め・喜び・愛に至るまでのドラマが最高の形で結実し、昇華し、美しい結晶となった。
 
 これを奇跡と言わずに何と言おうか。これ以上に完成された音楽があろうか。これ以上の芸術体験があろうか。
 
「ヴェルズングの血よ、栄えよ!!」
圧倒的なフィナーレとともに幕が下りたと同時に、客席を揺らがすかのごとく、怒涛のブラボーコールが起こった。劇場内は完全に興奮のるつぼ状態と化した。拍手だけではとても足りないと感じた観客が一斉に足で床を踏み鳴らし、さらに劇場が揺れた。私は震えが止まらなかった。
 場内が明るくなり、休憩に入っても、しばらくは放心状態で落ち着くまでにかなりの時間を要した。なるほど、一時間という長い休憩はこういう状態の鎮静化の時間にもなっているのだな、と思った。
 
 
2  地獄
 第一幕が終わって「ひょっとして、今日は自分のクラシック人生の中で、ハイライトとなる日かもしれない」そんな予感がした私は、第二幕が終わっても依然として体が硬直したままだった。凝り固まった体をほぐそうと思って伸びをしたら、かえって胸のあたりの筋(すじ)を痛めてしまい、逆効果だった。何か金縛りにあったような感覚だった。
 
 第三幕が始まった。有名な「ワルキューレの騎行」。
 休憩直後だというのに、私は相変わらず硬直し、火照ったままである。気持ちだけが高揚するのなら別に問題ない。だが、明らかに体内に変調を来していた。やがて私の手のひらや額には脂汗がにじむようになった。ハンカチで拭ってもまったく収まろうとしない。
 生命の宿りを告げられるジークリンデ、新たな英雄に命名するブリュンヒルデ。音楽的に神々しい光が差し込む感動の名場面。絶対に見逃せないこの場はかろうじて乗り切った。
 だが、怒りに身を包んだヴォータンが登場し、ワルキューレたちが退散したあたりで、私の自律神経は破たんし、体内温度コントロールが制御不能状態に陥った。汗が止まらず、だんだん目の前が白くなり始めた。
 
「やばい。このままでは・・・吐く!」
 もはや限界だった。甚だ残念だったが、私は断腸の思いで鑑賞を諦めた。私はOくんに退席することを告げた。
 バイロイトの劇場は座席の列の間隔が狭く、通り抜けるためには座っている人を立たせなければならない。私は一人一人に「ソーリー、ソーリー」と謝り、立ってもらって通路を開けてもらい、やっとこさドアまでたどり着いた。
 
 異変に気付いた会場係の担当女性が素早くドアを開け、外に出してくれた。ドアから出たすぐに備わっているソファーベンチに倒れこむように腰かける。蝶ネクタイをはずし、のど元を開放する。係が「何か冷たい物をお持ちしましょう。」と階段を駆け下り、ミネラルウォーターを持ってきてくれた。すみません、ありがとうございます。助かります。
 係は心配そうに私の顔を覗き込んでは「ドクターを呼びましょうか?救急車を呼びましょうか?」としきりに聞いてくる。その都度「ノーサンキュー、イッツオーケー」と答える私。おおごとにだけはなりたくない。必死に回復に努めながら、「もし医者呼んだり、救急車呼んだりしたら、お金かかるのかなー。かかるよなーきっと。それは勘弁だよなー。」などとぼーっと考えていた。
 
 15分くらい経っただろうか。幸いなことに徐々に回復に向かい、気分が良くなってきた。私は付き添ってくれた係のおねえさまに「I'm getting better」と伝えた。「それは良かったわね!」と笑顔で返してくれるおねえさま。いやあ本当にスミマセン。
 その人が「すぐそこのカーテンの向こうがモニター室になっています。上演中継を見ることができますので、よろしければどうぞ。」と案内してくれた。おお!ありがたや。
 
 モニター室では、ちょうどクライマックスのヴォータンとブリュンヒルデの告別の場面を中継していた。ヴォータンがローゲを呼ぶと、舞台上に炎が立ち込めた。眠らされたブリュンヒルデの回りに弧を描くように明かりが点いていった。
 
 幕が下り、カーテンコールになってようやくドアが開かれたので、私は再び劇場内に入り、ドアの脇から出演者に拍手を送っていた。すると、Oくんが早めに抜け出てきてくれた。彼に心配をかけたことを詫びた。せっかくの感動体験に水を差してしまった。本当にゴメン。申し訳ない。
 
 それにしても、いったい何だったのだろう。私の身に何が起こったというのだろう。貧血になったのか、脱水症状を起こしたのか・・・。
 昼間、オペラを控えているというのにビールを飲んで「もうワーグナーなんてどうでもよくなっちゃったね。」とうそぶいた私。ワーグナー様の怒りを買ってしまったのだ。反省します。もうそんなこと言いませんのでお許しを。