クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

西部の娘

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 NHK-BSで放映されたネーデルランド・オペラ(アムステルダム)によるプッチーニ「西部の娘」をテレビ鑑賞した。昨年12月に新演出として上演されたライブを録った物である。
 
 そもそもですねー。私はこの上演を見るためにアムステルダム行きの航空券を手配したわけですよ。だが、フライトのキャンセルや遅延に巻き込まれ、見ることが叶わなかったわけですよ。
 この趣味で生きている人間にとって、チケットを取っておきながら上演を見られないことほど腹立たしいものはない。今でも未練タラタラであるが、こうしてテレビで見ることが出来たのはわずかな救いである。
 
 
指揮  カルロ・リッツィ
演出  ニコラウス・レーンホフ
エヴァ・マリア・ウェストブレーク(ミニー)、ゾラン・トドロヴィッチ(ディック・ジョンソン)、ルーチョ・ガッロ(ジャック・ランス)  他
 
 
 なかなか興味深い演出だ。舞台は西部開拓時代から現代(といっても、70~80年代あたりか?)に置き換えられている。ゴールドラッシュは加熱する株取引に、一攫千金を狙って集まった開拓者は都会で暗躍するギャングに再設定。
 
 第3幕最後のクライマックスはあっと驚く衝撃的展開。
 ギャングどもが集うバーのホステスという、いわばアングラで働いていたミニーは、その美しい容姿が認められ、あっという間にハリウッドスターに駆け上った。ギャング連中の慰み者から華々しいセレブへの転身。まさしくシンデレラストーリー。彼女にアメリカンドリームを重ね合わせる。彼女を発掘しスターダムに押し上げた人物こそディック・ジョンソン。スカウトだったわけか。
 はるか彼方手の届かない存在になってしまったミニー。それに比べて相変わらず社会の底辺(廃車置き場)でうごめいている連中は、彼女の出世を祝福しつつも、悲哀を味わい、そこに一抹の寂しさが漂う。
 
 このように読み解けば、それなりに良く出来た面白い演出に見える。だが、舞台装置も衣装も演技も今ひとつコンセプトが徹底されておらず、唐突感が否めない。演出の意図がよく解らない観客は、舞台に突然現れた安っぽいアメリカ文化に苦笑し、ハリウッドのレッドカーペットに現れたミニーの姿に唖然とする。郷愁を誘うプッチーニの美しいメロディーが流れ、本来なら涙を誘う場面で、あろうことか、会場が失笑に包まれるのは残念としか言いようがない。
 
 歌手では、ミニーを演じたE・M・ウェストブレークがスケールの大きな歌唱を聴かせ、出色。この人の進境の著しさは目を見張るばかりだ。
 新国立でも同役をこなしたL・ガッロはまさに役者。歌の素晴らしさもさることながら、目や顔での堂々たる演技で存在感抜群。
 
 それにしても、西部の娘の音楽はなんという美しさなのだろう!
 ボエーム、トスカ、蝶々夫人トゥーランドットなど、プッチーニの作品はどれも人気が高いが、私ならダントツでこの作品を推す。
 
 この映像を見て、この作品を生で見たいという欲求がまた沸々と湧いてきた。ましてや、上記の経験があるからなおさらだ。
 
 どこかでやっていないか?どこかで見ることができないか?
 私はまた世界中の歌劇場の上演予定を調べる。上演予定が見つかると、今度は、そこへ行くことが出来ないか頭の中を巡らす。
 ヤバイ、また「行きたい病」が発症してしまった。助けてくれ~。