クラシック、オペラの粋を極める!

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解読 新国立 神々の黄昏

 「ギービッヒ家とはいかなる連中なのか」-今回の黄昏解読のポイントはこれだ。
 
 手がかりはやや歪んだ羊の写真(イメージ)。そして、ギービッヒ家の場面に移る前に映し出された「動物の心臓の鼓動」と、そこに「3本の注射針」が注入される映像である。
 
 いろいろな見方、解釈があると思う。
 私は、ギービッヒ家は生物薬品工場の一族経営者であるとみた。
 
 ワーグナーには、この黄昏に出てくる「忘れ薬」のほか、イゾルデの「愛や死の薬」など薬が度々出てくるが、非常に空想的な感を免れない。
 だが、化学技術を駆使した先端工場であるならば、現実性を帯びる。彼らなら、薬によるマインドコントロールジークフリートを貶めることが可能で、にわかに物語に筋が通る。
 
 羊は、そこで行われている製品開発のための動物実験道具である。行われているのは、遺伝子操作によるクローン実験。現実に90年代にイギリスでクローン羊ドリーが話題になった。ジークフリートが薬の入った飲み物を飲んだ途端、眩んで視界がぼやけると、羊の画像が二重となってずれるが、同時にクローンによる個体分離が行われたようにも見方によっては受け取れる。
 実験過程で動物が殺されるのはやむを得ない。人間様のために死んでもらう。ある意味、生け贄である。羊は中世キリスト教の時代から、神への生け贄として捧げられることが多かった。ここで奉られる神とは、ハーゲンが「フリッカのために羊を殺して捧げよ」と臣下に話すセリフにもあるとおり、結婚の神フリッカに他ならない。
 
  さて、ギービッヒ製薬(株)は、表向き上は製薬工場であるが、実は一方で影の側面を併せ持ち、闇の事業を手掛ける。
 生物兵器製造、麻薬製造などだ。取り仕切っているのは、もちろんハーゲン。これらを駆使して着々とテロによる世界制覇を目論む。演出家K・ウォーナーは、日本発から世界を震撼させたオウム真理教による国家転覆策略テロ事件のことが絶対に頭の中にインプットされていたはずだ。
 
 だが、世界制覇するためには、それだけでは足らない。絶対的な権力奪取に必要不可欠な物、それが「指環」というわけである。

 
 その他に気付いたことをざっとかいつまんで。
 
 ラインゴールドからジークフリートに至るまで、「幼児からの成長」がテーマの一つに掲げられていたが、ここに至って、まさに「黄昏」のタイトルのとおり、老いや加齢による肉体の衰えが表出された。アルベリッヒが重病となって臨終間近となっていたり、ラインの乙女達が三段腹の中年太りなど。この指環の物語に「必衰」という避けられない人間の運命を盛り込んだ。
 
 ハーゲンが持っていた槍。色も形もヴォータンの槍と同じであった。先端は矢印の形が。
私は、この矢印はすなわち‘ヴォータンの意志の方向性’だと解釈していたが、もう一つ、「運命の矛先」でもあったと思う。終焉に向かう神々、死を定められたジークフリート、野望を抱くハーゲン、運命に翻弄されるブリュンヒルデ・・・。第2幕最後で、グンター、ハーゲン、ブリュンヒルデそれぞれが槍を取り合い、掲げながらジークフリートの死を誓ったが、結局は全てが運命の呪縛に囚われ、そこから逃れられない。

 
 もっともっと気が付いたこと、論じたいことがあるが、とても全て書ききれない。
 
 最後にもう一つだけ。
 ジークフリートが着ていたスーパーマンのTシャツ。胸の「S」はスーパーマンのSだとばっかり思っていたのだが、SiegfriedのSでもあったわけですね。引っかけてたのですね。本当に奥が深いですね~。
 
 
 もうトーキョーリングはこれで終わりなのか?もう再演はないのか?これだけ問題提起があって思慮に富んだプロダクションは他にはないというのに。
 10年後、また見たい。例え10年後であっても、作品の価値は絶対に色褪せていないはずだ。そして、今回には気が付かなかった新たな発見が、必ずそこで見つかるはずだ。
 私は信じます。必ずや再演されることを。