ビゼー カルメン(新演出)
指揮 ヤニク・ネゼ・セガン
演出 リチャード・エア
ロベルト・アラーニャ(ドン・ホセ)、エリーナ・ガランチャ(カルメン)、バルバラ・フリットリ(ミカエラ)、マリウス・クヴィーチェン(エスカミーリョ) 他
シーズン当初の発表では、主役のカルメンはアンゲラ・ゲオルギューが歌う予定だった。夫婦で仲良く共演・・・と思ったら、この二人、離婚してしまいましたとさ。
そしたらゲオルギューさん、「元旦那とは一緒に歌いたくない。」とクレーム。そして降板しました(笑)。しょーもねえ。
それにしてもメト。
ピンチヒッターで「マジかよ!」というビッグスターを代役に立ててしまうところが、メト。もうスゴイとしかいいようがない。さすがメト。
若さと美貌を兼ね備えたオペラ界のライジング・スター、「エリーナ・ガランチャ!」
現在望み得る最高のカルメン。今年5月、M・ヤンソンスの指揮で満を持してウィーン国立歌劇場に登場し、この役での頂点を極めるかと思いきや、その前にメトが横取りした。
はっきり言ってしまうが、私はゲオルギューからガランチャに替わって小躍りして喜びましたよ。これにアラーニャとフリットリが加わる。役者は揃った。何という豪華さ!さすがメト。
お馴染みの前奏曲に続き、第一幕が始まった。
退屈している兵士たちが集っているところへ、フリットリ様演じるミカエラがドン・ホセを探しに登場。兵士がミカエラを取り囲み、「ヘイヘイ姉ちゃん、いいじゃんかよ、オレ達と遊ぼうぜ!」と絡みながら、あろうことかフリットリ様にべたべた触ろうとする。私は目をつり上げながらツッ込む。
「おっっおいっ!貴様ら何てことするんだっ!彼女を誰だと思ってるんだ?イタリアの名花、世界最高のプリマ・ドンナ、フリットリ様だぞ!」
ついでにドン・ホセを演じるアラーニャにも。
「おまえアホか。あんたね、悪いこと言わないからカルメンじゃなくてミカエラにしておけ。見ろよ、フリットリ様だぜ!何の不足があるってんだ?おい。」
だが、ガランチャ演じるカルメンが登場した瞬間、「オー、マイ、ガッ!」
「ああ。こりゃダメだ。こりゃドン・ホセは落っこちるわ。しゃあないわ。」
ガランチャ・カルメンの何と美しく妖艶なこと!そのオーラの強烈なこと!
単に美しいだけでない。目ぢからがある。視線を向けられたらあっという間にやけどだ。一つ一つの仕草も研ぎ澄まされており、なおかつわざとらしさがない。歌も素晴らしいが、歌が無くても十分にカルメンである。
というわけで、アラーニャ・ホセはあっけなく陥落(笑)。(っていうか、そういうストーリーなんだから、当たり前ですね。)
そのアラーニャ、声の調子がかなりいい感じ。4年前の来日公演でのマンリーコはイマイチだったが、今回は素晴らしい。ドン・ホセという役が彼に合っているようだ。
もちろん、フリットリ様については言わずもがな。出番が少ないミカエラだなんてかなりもったいない。
演出について。
基本的にオーソドックス。装置はメトらしく巨大な回り舞台を使用し、効果を上げている。上記のとおり、カルメンの仕草、演技が実にツボにはまっていたが、もちろんガランチャ自身の考えもあるだろうけど、やはり演出家がきっちりと指導しているのだろう。微に入り細に入った綿密な仕事ぶりが垣間見えた。
また、ラストシーンでは、上司としてのメンツを潰されたスニガ隊長が登場し、カルメンを殺して悲嘆に暮れるドン・ホセに近づいて拳銃を向け、彼を殺そうとするところで幕が下りる。
通常の演出では見過ごされるが、カルメンのトランプ占いでは「我々は‘二人とも’死ぬ運命」と出るのだ。しっかりと整合性が取れている。
最後に指揮のヤニク・ネゼ・セガン。
ヴィヴィッドなタクト。喜びに満ちた音楽。指揮をするのが楽しくて仕方がないという表情。横から見ていたが、彼はほとんどの歌詞を歌手と一緒に口ずさんでいた。オケにとっても歌手にとっても、安心して身を任せ、委ねられる指揮者ではないだろうか。
素晴らしい一夜。この一公演だけで、NYに来て良かったと思った。