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2010/1/7 NBAニックス戦

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2009年1月7日 NBAバスケットボール  マディソン・スクエア・ガーデン
NY・ニックス対シャーロット・ボブキャッツ


 私がまだ20代だった頃、アメリカに一人のスーパースターがいた。人は彼を「神」と呼んだ。その名はマイケル・ジョーダン。当時の多くのファンがそうであったように、私も、彼の存在と超人的なプレーに魅せられてNBAにのめり込んでいった。
 1992年に開催されたバルセロナオリンピックでは、初めてNBAのスター選手が登場し、‘ドリームチーム’と称された米国代表がそれこそ圧倒的な強さで金メダルを獲得したが、この時代、私ははっきり言って三度のメシよりも、クラシック音楽よりも、NBAに夢中になっていて、NHKの中継に釘付けになって見ていた。

 1993年、私は初めてニューヨークに足を踏み入れた。もちろんメト、NYフィルやミュージカルも楽しみだったが、大きな目的の一つがNBAのニックス戦だった。

 当時、ニックスには一人のスーパープレーヤーがいた。パトリック・ユーイングバルセロナオリンピックのドリームチームのメンバーでもあった彼に率いられ、ニックスはNBAの強豪の一つとして、毎年のように優勝争いをしていた。


 あれから年月は経った。

 私のNBAへの関心は、当時に比べればやや薄れてしまい(もちろん今でも時々見てはいるが)、またニックスもかつての栄光はいずこ、中位から下位をさまよっている有り様である。今のニックスに私の知っている選手は一人もいない。
 この日対戦するシャーロットボブキャッツも、同じような中下位レベルのチーム。両チームで一番のビッグネームは、選手ではなく、ボブキャッツのヘッドコーチ、アメリカの名将ラリー・ブラウンくらいだ。つまり、決して魅力的なカードというわけではない。

 にも関わらず、私はワクワクの期待感を抑えられない。
 それはきっと、NBAそのもの、あるいはアメリカンスポーツそのものが醸し出す独特の‘魅せる’エンタテーメントがそこにあるからだと思う。

 マディソン・スクエア・ガーデンのアリーナ会場内に一歩踏み込むと、いきなり華やかなイベントに招待されたかのような気分になる。

 まだ選手達のウォームアップが始まる前、コートでは子供達によるバスケの試合が行われていた。子供だから、ゴールにボールがなかなか入らない。が、上手にシュートが決まると、館内から割れんばかりの喝采と拍手が。
 ビートの効いた音楽が会場を包み込む中、観客はポップコーンなどをつまみながら、試合前のくつろいだひとときを過ごしている。チアガールが愛嬌を振りまき、マスコットキャラクターが会場内を走り回る。ビッグスクリーンでは、選手(もちろんニックス)の華麗なハイライトプレーをこれでもかとばかりに映しだし、メインイベントまでの時間を盛り上げる。決して観客を飽きさせることがない。楽しい。楽しすぎる!

 選手のウォームアップが終わり、いよいよ先発選手(スターティングラインナップ)の発表となると、館内の照明が消え、スポットライトに選手が登場。BGMと選手の紹介コールの音量が一段増しとなり、場内はヒートアップ、最高潮を迎えた。

 肝心のゲームの方も白熱。
序盤はボブキャッツがややリードしながら、中盤にかけニックスが追い上げるという理想的な展開。観客は、「今だ、ここだ、さあ行け、頑張れ」という時間帯を分かっていて、声を合わせて選手をチアアップする。相手の攻撃の時はみんなで「De-fence!!」と掛け声。
 逆転となる3ポイントシュートが決まると、観客は総立ち。私も一緒に立ち上がり、ニワカのニューヨーカーに変身して、隣のアメリカ人とハイタッチを交わす。いや、楽しい!

 ゲームは97-93でニックスが接戦を制した。地元チームが勝つという理想的な試合。
観客はみな幸せそうな顔をしてアリーナを後にしていく。

 ゲーム終了は午後10時15分。日本時間でお昼の12時15分。
 機内で1、2時間程度浅く寝たくらいで、ほぼ徹夜で一昼夜を過ごした計算になるが、疲れもなく、目は冴えわたっている。これだから、アメリカンスポーツの魅力はたまらない。