2025年4月13日 NHK交響楽団 A定期演奏会 NHKホール
指揮 パーヴォ・ヤルヴィ
アントワーヌ・タメスティ(ヴィオラ)
ベルリオーズ 交響曲 イタリアのハロルド
プロコフィエフ 交響曲第4番(改訂版)
今月から第1コンサートマスターに長原幸太氏が就任し、さっそくトップ奏者の位置に座った。
長原さんと言えば、元読響のコンマスだったと同時に東京春祭オーケストラのコンマスでもあったのだが、前日と前々日に行われた同オケ(ムーティ指揮)のコンサートでは、同僚となったN響の郷古さんがコンマスを務めていた。
なんだか不思議な構図、光景であった。
さて、本公演だが、いかにもヤルヴィらしい凝ったプログラムだ。
実は自分としても意外だったのだが、コンサートで「イタリアのハロルド」を初めて聴く。
確かにポピュラーとは言い難い作品だが、だからといってマイナーというほどでもない。これまでにも鑑賞の機会はあったはずだし、なるべく偏らずに幅広く作品を楽しみたいと思っているのに、どうして今回が初めてなのか、ちょっとよく分からないが、とにかくそういうことであった。
交響曲と言いながら、独奏ヴィオラが全曲にわたって活躍。また、バイロンの長編詩から着想を得、標題音楽のような形式にもなっていて、そういう意味では、幻想交響曲から劇的交響曲「ロメオとジュリエット」へと一連に繋がっていく作品だ。
ソリストのタメスティは、イントロ部分ではステージの袖に引っ込んでいて、音楽に誘われるかのようにゆっくりと登場。演奏中も指揮者の隣の定位置に留まらず、ステージ内をあちこち移動して、各パートやソロ楽器と寄り添いながら演奏していく。
原作であるバイロンの「チャイルド・ハロルドの巡礼」をモチーフにした演技であることは明白で、コンサートのチラシやポスターにも「通底するテーマは『さすらい人』」と書いてあった。
しかし、そうした予備知識無しのお客さんは、「何やってんの??」と戸惑ったかもしれない。
アイデアとしてはなかなか面白く、演奏面よりもむしろそっちの方のインパクトで、たくさんの拍手を貰っていた。
メインのプロコフィエフ。
演奏が開始されて、思わず仰け反ってしまった。
「ん?? オレが知ってるプロコ4番じゃねえ!」
やられてしまった。「改訂版」だった。また版問題だよ・・。
ただし、先日の東響のブル8「初稿版」に比べれば、作品が身体に染み付いていなかった分、戸惑いは最小限に抑えられ、逆に新鮮に感じられて、演奏を楽しむことが出来たのは良かった。
今回のN響の演奏を聴いて思ったのは、「大人のオーケストラだなー」ということ。
それは、前々日に聴いた東京春祭オーケストラとの違いであった。比較するつもりはなかったが、明確に違いが浮き出ていたので、そう感じずにはいられなかった。
東京春祭オケは、指揮者の要求に全力で100%応えようとする一生懸命な演奏。
これに対しN響は、指揮者の方向性とオーケストラの主体性が絶妙に噛み合わさった丁々発止の演奏。
別に、どっちが良い、悪いという問題ではない。
それぞれに個性があり、それぞれに味わいがある。
だから、オーケストラというのは面白いのさ。