2024年10月10日 NHK交響楽団 B定期演奏会 サントリーホール
指揮 ヘルベルト・ブロムシュテット
伊藤圭(クラリネット)
シベリウス 交響詩4つの伝説-「トゥオネラの白鳥」
ニールセン クラリネット協奏曲
ベルワルド 交響曲第4番 ナイーヴ
通常ならば行かない公演。私の場合、「作曲家の名前さえ知らない曲」、「これまで聴いたこともないし、たぶん今後も二度と聴くこともない曲」がプログラムに並ぶ公演は、基本的に敬遠だからだ。
要するに、ブロムシュテットだから行ったわけである。
私に限らず、そういう理由で行った人は、少なくないと思うが。
このマイナー・プログラムは、北欧にルーツを持つブロムシュテットのこだわり。「マエストロ、何をやりましょうか」と持ちかけられ、「ぜひともこれをやりたい」と答え、そして実現したプログラムなのだ。翁の公演をあと何回聴けるのか分からない段階に差し掛かった今、「ならばそのこだわりを聴くことといたしましょう」ということ。
とは言っても、本当に来日出来るのか、予断を許さなかった。それくらいの年齢。万が一来日不能となり、代替の指揮者となってしまった場合、会場に足を運ぶことを思わず躊躇してしまうプログラム。リスクはデカく、賭けみたいなものだったが、とりあえず賭けには勝った。
会場の雰囲気は高揚していた。マエストロが登場しただけで、ブラヴォーの声がかかった。そうだろう、そうだろう。こうして来てくれるだけで、ありがたい。だって、彼は神の領域に踏み込もうとしている指揮者なのだ。私だってワクワクした。
肝心の指揮と演奏はどうだっただろう。
予想したよりも随分とお元気で、溌剌としたタクト。腕は晩年のベームよりも遥かに振れている。腕の動きで表現できない時は、演奏パートの方にスッと顔を向ける。やりたいことは既にリハ段階で落とし込んでいるので、以心伝心のN響奏者さんが素早く反応する。
巨匠の指揮とは、まさにこういうものだ。
食い入るように指揮者を見つめ、音楽に耳を傾けたが、震えるような感動が押し寄せたかと言えば、NO。特別な感慨は沸き起こったが、それは演奏による感動とは別物だった。
それは、演奏が悪かったからではなく、単に、ひとえに、知らなくて自分の耳に馴染んでいなかった曲に対する自分の感性の自然な反応だった。
一方で、お客さんは拍手喝采、スタンディングオベーションの大ブラヴォー。
ふと考えてしまう。
97歳が指揮台に立つ。(実際には座っていたが・・)ただそれだけの奇跡を目の当たりにする。
曲を聴いて感動はしなかったが、特別な場に居合わせた感慨を得て自己満足する。
大谷翔平を観るためにL.Aに行き、彼は4打数ノーヒット2三振だったが、それでもドジャースは勝ち、生のオオタニサンを見ることが出来て満足した・・・そんな感じだろうか。
果たして、それって本当に良かったことなのか・・。
・・まあいい。そんなことを考えること自体、コンサートの鑑賞として野暮な感じはする。
あともう一公演、行くことになっている。次のプログラムは、十分に耳に馴染んでいて、感動のツボも心得ている曲だ。
そういう曲でマエストロのタクトによる演奏を聴いた時、きっとこの日とは違った感想が出てくることだろう。
その感想は、是非またブログに書き留め、公表したいと思う。