2024年9月21日 全国共同制作オペラ 東京芸術劇場
プッチーニ ラ・ボエーム
指揮 井上道義
演出 森山開次
管弦楽 読売日本交響楽団
合唱 ザ・オペラ・クワイア、世田谷ジュニア合唱団
ルザン・マンタシャン(ミミ)、工藤和真(ロドルフォ)、イローナ・レヴォルスカヤ(ムゼッタ)、池内響(マルチェッロ)、スタニスラフ・ヴォロビョフ(コッリーネ)、高橋洋介(ショナール)、晴雅彦(ベノワ) 他
井上道義さんの年末での引退まで、カウントダウンが始まっている。
8月には急性腎盂腎炎で入院となってフェスタ・サマー・ミューザでの指揮を降板したり、坐骨神経痛の持病を抱えていたりと満身創痍の状態の中、「最後のオペラ」として「ボエーム」に取り組み、来月まで全国6都市を駆け巡る挑戦をスタートさせた。
そうか、井上さんが最後に採り上げたオペラ、最後にやりたかったオペラが「ボエーム」なんだね。ふーん、なるほど・・。
お金はないけど芸術に打ち込み、自由を謳歌しつつ、夢と希望、愛と挫折を経験する青春物語。
きっと、井上さん自身が若い頃に抱いていた熱き情熱が、引退を目前にした今、青春のノスタルジーとしてグッと込み上げて来ているのだろうね。
そんな井上さんが指揮する演奏からは、作品に対する愛おしさ、寄り添う気持ちみたいなものが、確かに聞こえた。どちらかというと俗受けしそうな情緒過多的表現は控え目となり、共感しながらも少し離れたところから温かく見守る、そんな優しい音楽作りが感じられた。
それは何だか、いつもなら外連味を惜しげもなく発揮する井上道義らしくなく、でもこれはこれでやっぱり井上道義、みたいな複雑な入り混じりの感想が沸き起こった。
これに対し、演出については、残念ながら好感を得ることが出来なかった。
探求の形跡は伺えた。
フランスに渡り、ピカソやモディリアーニなどと交流した日本人画家:藤田嗣治をマルチェッロに仕立て、物語の中に日本人の視点を挿入しようとする工夫は、なるほど確かに面白いかもしれない。
だが、そう説明されないと分からないし、伝わらない。それでは駄目だと思う。
4人のダンサーを、「屋根裏部屋に染み付いた芸術の息吹」の象徴として登場させたのも、まったく同様。
演出家自身がダンサーなので、舞台にダンスを組み込みたい気持ちは分からないでもない。
だが、結局はお飾りでしかないし、飾りならプッチーニが音楽の中で十分すぎるくらいに表現しているのだ。
勅使河原三郎氏もそうだが、「ダンサーだからダンス」ではなく、そこからもう一ステップ上がって、「ダンサーの視点で見つめた一人の純粋な演出家」としてオペラを手掛けることは出来ないのだろうか。
なにはともあれ、私自身が行く予定の井上道義の公演は、残り1。
どうかお元気で。