2024年7月28日 ベルカント・オペラ・フェスティバル・ロッシーニ2 クア劇場
ロッシーニ アルジェのイタリア女
指揮 ホセ・ミゲル・ペレス・シエッラ
演出 ヨッヘン・シェーンレーバー
管弦楽 ヴュルテンベルク・フィルハーモニック・オーケストラ
ドグラン・オズカン(ムスタファ)、ポリーナ・アニキナ(イザベッラ)、オクサーナ・ヴァクラ(エルヴィーラ)、キム・ヒュンドク(リンドーロ)、カミッラ・キャロル・ファリアス(ズールマ)、フランチェスコ・ボッシ(ハリー)、エマニュエル・フランコ(タッディオ)
感想は、前日とまったく同じ。
めっちゃ楽しい。Viva!ロッシーニ。最高!
以前に「ロッシーニ上演の成否の鍵は歌手である」と書いたが、改めて思った。
歌手云々以前に、とにかくロッシーニの音楽そのものが素晴らしいのだ。何でこのように快活で愉悦に溢れた音楽を作れるのだろうかと舌を巻くが、答えは簡単、天才だからである。
ブッファなので、面白おかしい軽薄な音楽のように見られがちだが、例えば第1幕の最後、コーダのアンサンブルなんか、畳み掛けるような重唱、ボルテージの上がり方があまりにも絢爛すぎて、言葉を失い、目眩を起こしてしまいそうなほど。軽薄だなんて、とんでもない。モーツァルト「フィガロの結婚」第2幕のフィナーレを凌駕してしまうかのような凄まじさだ。
この日の出演歌手も、前日と同様、歌だけでなく演技がとてつもなく秀逸。動きだけでなく、表情の作り方も豊かで、演劇に色を添えている。
逆に言うと、一流歌劇場と同じような大掛かりな舞台装置を作ることが出来ない分、一人一人の演技を細かく精密に施して、視覚的要素を向上させるしかない、という事情はあるのだろう。
「一生に1度は行ってみたい」と思っていたバート・ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭。
念願を果たした満足感を持って、「これでもう思い残すことはない」になると思ったのだが・・。
今、胸に去来するのは「また行きたい、また来られないか」という願望の渦だ。
これはヤバい。