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2024/5/23 ニュルンベルクのマイスタージンガー

2024年5月23日   ウィーン国立歌劇場
ワーグナー  ニュルンベルクのマイスタージンガー
指揮  フィリップ・ジョルダン
演出  キース・ウォーナー
ゲオルク・ツェッペンフェルト(ハンス・ザックス)、ギュンター・グロイスベック(ポークナー)、マルティン・ガントナー(ベックメッサー)、デイヴィッド・バット・フィリップ(ヴァルター)、ミヒャエル・ローレンツ(ダーヴィッド)、ハンナ・エリザベス・ミュラーエヴァ)、クリスティーナ・ボック(マグダレーネ)    他

 

ウィーン国立歌劇場音楽監督にF・ジョルダンが就任し、その彼が「パルジファル」を振ることを知った時、「これは聴きに行かなきゃならないな」と思った。
その思いは実現させ、昨年の2023年5月、現地で鑑賞した。

そうしたら今度は、彼は音楽監督としての任期を更新せず、24-25シーズンの終了をもっての退任が発表された。
このニュースを知った時、「その前に、何としてもマイスタージンガーを聴きに行かねばならないな」と思った。
およそ50年の長きにわたって続いたオットー・シェンク演出版を改訂し、新制作したのが、2022年12月。そのプレミエを振ったのがジョルダン
このマイスタージンガー、今シーズンも必ず再演があるだろうと睨んでいた。
昨年、23-24シーズンのラインナップの発表があり、今年5月に上演されることを確認したその瞬間、私の今回の旅行が決まったのだった。


それ以外にも、色々と胸に込み上げてくるものがある。

33年前、音楽鑑賞を目的として初めてウィーンに来た時、その時に観たのがマイスタージンガーだったこと。
このウィーンのマイスタージンガーが、私の初めてのワーグナー・オペラ鑑賞だったこと。

あるいは、2020年3月、ドレスデンで上演されたマイスタージンガーを観に行こうとしたのに、欧州に吹き荒れた嵐のためチューリッヒから飛行機が飛ばず、これを観ることが出来なかったこと。
このドレスデンのハンス・ザックス役が、今回と同じツェッペンフェルト。彼のザックスを是が非でも聴きたかったのにこれを逃し、悔やんでいたこと・・・。


静かに物思いに耽っていたら、チューニングが始まり、場内が暗くなり、指揮者が登場。有名な第一幕の前奏曲が奏でられた。
ここから第三幕の最後までは、芳醇なワーグナーの響きにずっと浸り続けられた、夢のような至福の時間・・。

音楽を常にリードし、舞台を支え、物語を進行させていたのは、指揮者ジョルダンが統率するオーケストラの圧倒的な演奏だった。

オペラを鑑賞すると、歌手の歌声に惹きつけられ、時に指揮者の存在やオーケストラの伴奏を忘れてしまうことがしばしばある。
だが、この日は逆だ。歌手が歌っていても、常にオーケストラが軸になり、雄弁な語りをずっと続けているのが聞こえる。

こうした音楽を作っているのが紛れもなくジョルダンだったし、彼の一挙手一投足に即座に反応する国立歌劇場管弦楽団ウィーン・フィル)なのであった。
あとは、劇場が醸し出す貫禄と風格。「ワーグナーの演奏は熟知している」と言わんばかりの余裕。昨年の「パルジファル」で聴いたのとまったく同じ。これが、ウィーン国立歌劇場の伝統の底力なのだ。

それにしても、ジョルダンはカッコいい。肖像画に描かれているナポレオンのように勇ましく、指揮姿が輝いている。音楽に対し積極果敢で、グイグイと引っ張る感じがする。この統率力が、彼にカリスマ性を帯びさせる。強調させたい音がある時、直前にサッと体を屈めて音を抑え、その反発力を利用するテクニックも、得意のジョルダンスタイル。


歌手について。
G・ツェッペンフェルト。
ポークナーが持ち役だったが、満を持し、ついにザックスに到達。
私は彼の歌唱が好き。朗々としてノーブル。滲み出るような味があって、素晴らしい。

D・B・フィリップ。
2023年の東京・春・音楽祭のマイスタージンガーに出演し、同役を日本で披露しているが、私は海外遠征のため機会を逃していた。彼の歌を初めて聴いた。歌に変な曖昧さがなく、きっちりとした歌唱という印象。
ワーグナーテノールは、近年ずっとクラウス・フロリアン・フォークト、ヨナス・カウフマンアンドレアス・シャーガーらが牽引してきた。(亡くなってしまったが、ステファン・グールドも含まれる。)彼らがベテランの域に差し掛かると、その後を追いかけようとして、クレイ・ヒリー、エリック・カトラー、マイケル・スパイアーズ、スチュアート・スケルトンなどが台頭してきた。
きっとここに、D・B・フィリップも加わってくるのだろう。

ハンナ・エリザベス・ミュラー
歌唱というより、可愛らしい容姿がエヴァちゃんにピッタリ(笑)。素敵でした。


演出について。
あまり多くを語れない。各所に色々な情報を盛り込んでいるが、その一つ一つの意味は、分かるものもあれば、分からないものもある。そもそも前提として、全体的な演出コンセプトがよく見えない。
(ダーヴィッドがヴァルターに教えるマイスターになるための講釈シーンで、モニター映像を使って楽譜を映し出し、作詞ではなく作曲技法を説明していたことや、ベックメッサー親方の徒弟(黙役)を登場させ、歌の伴奏のリュートをその徒弟に弾かせたりする演出などは、今まで見たことがなく、斬新だった。)

一方で、大団円のラストシーンについては、演出家の意図、メッセージが打ち出されていた。
舞台上の民衆が、世界各国の古典文学の本を手に持ち、掲げていた。表紙には各国のオリジナル言語によるタイトルが書かれていて、その中には日本語で「源氏物語」というのもあった。
このマイスタージンガーのラストは「ドイツ芸術万歳!」なのだが、崇高な芸術というのは特定の国の専売特許ではなく、もっとワールドワイドで、なおかつ普遍的、とでも言いたかったのではないだろうか。