初めてウィーンを訪れた時は、私も心が躍ったものだ。
ここはクラシックファンにとって聖都。1988年8月のOくんとのスイス・オーストリア旅行記で書いたとおり、モーツァルト、シューベルト、ベートーヴェン、マーラーなど偉大なる芸術家たちが拠点にし、活躍した街だ。旧市街の狭い路地を歩いていると、彼らがヒョイと登場してきそうな錯覚に陥る。
更に、町並みや建物に目を向ければ、由緒あるハプスブルク家の帝都を偲ばせる歴史と伝統の重厚な佇まい。訪れた者は圧倒される。
滞在ホテルの場所がウィーン市庁舎の裏側付近だったこともあり、ここからリンク通り沿いを時計反対回りに散策を開始した。
ブルク劇場、国会議事堂、フォルクスガーデン、美術史美術館、モーツァルト記念像、ゲーテ像・・・次から次へと見どころが現れる。Nくんは、そうした行く先々で「うわー!」「うわー!」と感嘆のため息を付いている(笑)。
初の海外だしねえ・・・。そりゃ楽しいわなあ。わかるよ、うんうん。
でも、これだけ感激してくれると、一緒に回っていてこっちも嬉しくなる。
国立歌劇場シュターツオーパーの前にやってきた。
ここですよ、ここ。我々がはるばる目指してやって来たのは。感慨深い。
二人して建物を見上げていると、そこでNくんが声を掛けられた。昔の伝統衣装にかつらをかぶり、まるでモーツァルトのような装いの連中。
気を付けろ。奴らは観光客に次から次へと声を掛け、「モーツァルトやウィンナ・ワルツなどのコンサートはいかがですか?」と言葉巧みにチケットを売りつけようとするセールス屋。「音楽の都」に憧れてやって来た観光客の浮かれた気持ちに付け入る商売。Nくんはこれに捕まってしまったというわけだ。
この場合、無視するというのが一番いいと思う。でもNくんはいい人なのでちゃんと応対した。しかも丁寧に。そのやりとりがサイコーだった。
「お兄さん、今晩、素敵なクラシック音楽のコンサートはいかがですか? 聴いてみませんか?」
「あ、いえ、すみません、今晩はシュターツオーパーです。」
「ああそうですか、残念、それでは明日はどうですか?」
「いえ、すみません、明日もシュターツオーパーです。あさってもシュターツオーパーです。」
「あーー・・そうですか。そいつはどうも失礼しました。」
隣で聞いていて、思わず笑ってしまった。ナイスな撃退。
そうなのだ。我々はシュターツオーパーで世界最高峰のオペラを観るためにウィーンにやって来たのだ。そこらのおのぼりさんたちと一緒にしないでくれたまえ。
この後も、引き続き市内観光を続行。ベートーヴェン記念像、市立公園とその中にあるJ・シュトラウス像、シューベルト像、王宮内カイザーアパートメント(皇帝の部屋)、国立図書館広間(プルンクザール)を巡った。
今こうして振り返ってみると、旅行の初日、観光スポットを一気に駆け足で回ったという感じだ。信じられないが、とにかく写真が残っているのだから、間違いない。
とにかくお疲れさま、さてそろそろホテルに戻りましょう。夜のオペラに備えないと。
実は、本日のオペラは立ち見席で鑑賞することになっていた。
ちゃんとした席ではなく立ち見にしようと決めたのは、旅行代を少しでも節約しようという魂胆から。1万円から2万円以上するオペラ座のチケット代だが、立ち見席なら300円くらいと激安。(※当時の値段。今は値上げされたが、それでも500円くらい。)
それに、長旅の初日、時差もあり、椅子に座って鑑賞すると睡魔が襲ってくる可能性がある。立ち見ならその心配は無用というわけだ。
ただし、体力勝負になるし、チケットを買うために開演の数時間前から並ばなくてはならない。ここはホテルで休憩し、体調を整えるのが賢明だ。
ということで、ホテルに戻り、私はベッドに横になった。Nくんもとりあえず横になった。
ところが、初めての海外旅行初めてのウィーンで気持ちが高ぶっているNくんは何だか落ち着かない。まだ明るいのに、部屋で休むのはもったいないと感じたようだ。
「あのー、すみません、もうちょっと外を見てきてもいいですか?」
そう告げると、Nくんは再び外に飛び出して行った。
マ・ジ・か!?(笑)。
まあな。そうしたい気持ちはわかる。若いので、きっと体力も有り余っているのだろう。
体力にイマイチ自信がない私は、独りベッドの中で体を休ませることに専念しました。