クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

1997年9月 ウィーンへの道1

この旅行で一緒にウィーンに行った相棒くんを紹介しよう。年は私の方がずっと上だが、長きに渡って深い親交で結ばれている友人、Nくんだ。
だが、その絆のきっかけは、「不思議なほどの偶然で得られた縁」と呼べるものである。
まさにこのウィーン旅行が、そうだった。

知り合ったのは、随分と昔のこと。正確な時期は忘れてしまったが、25年くらい前だっただろうか。
共通の友人がいて、その人から紹介され、3人で一緒に会った。
Nくんは当時、まだ大学生だった。しかし、年齢差の壁は「クラシック」という共通の趣味が容易く取り払ってくれる。
しかもそれだけじゃなかった。なんと住んでいる場所も私とNくんは同じ市内という偶然のオマケ付き。

さっそく「どんな音楽を聴いてるの?」と尋ねると、「ヴェルディドニゼッティベッリーニなどのイタリアオペラが好き」「往年のセラフィン、カラス、テバルティといったヒストリカルな録音も聴いている」「歌手では、デル・モナコが大好き、フレーニも大好き」ということだった。

「若いのに、オペラの造詣が深くて、すごいな」
彼についての第一印象だ。
私が彼の年齢の頃は、まだオペラの扉を開けるに至っていなかったのだから。

こうして私はNくんと知り合いになったが、そこですぐに親密な友人関係が始まったかというと、そうでもなかった。
実はその後、もう一回偶然の引き合わせというのがあって、そこで我々の距離が一気に縮まっていく。
で、その偶然の引き合わせをしてくれたのが、ヒルデガルド・ベーレンス様だった。

初めてNくんと会ってから2年くらいが経った1997年6月、ベーレンスが来日した。
サントリーホールで行われたアンナ・トモワ・シントウとのデュオ・リサイタルである。

ベーレンスを信奉していた私は、当然のごとく会場に駆け付けた。二人の一流歌手の競演を十分に堪能すると、終演後、私は上記の共通の友人くんと二人で軽く一杯に出掛けた。

素晴らしいコンサートと楽しいお酒ですっかりいい気分になり、帰路に向かった神谷町駅の構内ホーム。そこで我々はNくんとばったり出会った。偶然だった。

「あれ~!? Nくん、お久しぶり。今日のコンサート来ていたんだね!!」

この時我々はいい感じで酔っていて上機嫌だったが、Nくんは別のことで上機嫌だった。
サッと誇らしげに見せてくれたベーレンス様の麗しのサイン。
そうか、終演後、楽屋口で彼女の出待ちをしていたんだ。それでこんな遅い時間になったんだね。

それにしても、驚いた。
Nくんはイタリアオペラにハマっている人間だとばかり思い込んでいたので、ドイツオペラで活躍するベーレンスのコンサートに駆け付け、しかもサインまで手に入れていたというのは、ちょっと意外な感じだった。
ところが、彼の口から発せられたのは、思いがけず嬉しい言葉だった。

「ベーレンス、本当に素晴らしいと思っています。最高の歌手だと思います。」

更にびっくりしたこと。
Nくんは、敬愛するベーレンスに是非会いたいという一念で、「ここに泊まっているに違いない」という当たりを付けたホテルのロビーで出待ちをし、見事にベーレンス様とのプライベート・ツーショット写真をゲットしていたというのだ。

そうだったのか・・・。
それはすごい。そこまでベーレンスのことを!
これまでに何人ものクラシック好きの人と会ってきたが、これほどはっきり「ベーレンスが最高」と言ってきたのはNくんが初めてだ。

我が同士よ、Nくん!!(笑)

私は帰宅途中の電車の中で、彼に思い切って誘いの話を持ちかけてみた。
顔見知りだったとは言っても、それほどの友達付き合いをしていたわけではなく、この日たまたまコンサートからの帰りでばったり会っただけ。普通ならこんな話を持ち出すのは、相当に突拍子もないことだろう。
だが、言わずにはいられなかった。酔っぱらった勢いというのもきっとあった。

「あのね。実はさ。今年の9月、ウィーン国立歌劇場でベーレンスがサロメを歌うんだ。私はそれに行く予定で、着々と計画を立てている。で、もしよろしければなんだけど、どうだい、一緒にウィーンに行かないかい?」

唐突にこんなことを言われたら、普通は一瞬たじろいでもおかしくないだろう。
Nくんの返事は「うわー、いいなあ。行きたいです!!」だった。

もちろん「行きたいです」と「行きます」は、別物。
「行く」と即断即決できないのは当然のこと。海外旅行は簡単ではない。この時Nくんは社会人になってまだ間もない。お金だってかかるし、Nくん自身の仕事の都合もある。

私は言った。
「ここでの即答はいらないよ。無理なら無理で結構。でも、もし魅力を感じるのなら、日を改めてもっと詳細に説明するからね。」

程なくして、Nくんから「よろしくお願いします!」という返事があった。我々は「好きな歌手はベーレンス」というその一点で意気投合し、お互いの信頼関係を瞬時に構築させて、共通の夢を膨らませたのだ。

旅行の出発まで、3か月を切っている。二人での旅行の準備が慌ただしく堰を切ったように動き始めた。