クラシック、オペラの粋を極める!

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2020/2/8 トーリードのイフィジェニー

2020年2月8日  チューリッヒ歌劇場
グルック  トーリードのイフィジェニー
指揮  ジャンルカ・カプアーノ
管弦楽  ラ・シンティッラ管弦楽団
演出  アンドレアス・ホモキ
チェチーリア・バルトリ(イフィジェニー)、ステファーヌ・デグー(オレスト)、フレデリック・アントウン(ピラード)、ジャン・フランソワ・ラポワント(トアス)、ブリギッテ・クリスティンセン(ディアーヌ)   他


オルフェオとエウリディーチェ」と双璧をなすグルックの傑作。日本ではなかなか観ることができないこの作品を、新演出かつバルトリの出演で鑑賞出来るというのがポイントで、そのためにチューリッヒまで駆けつけた。
ここチューリッヒ歌劇場は、世界最高の歌手バルトリの数少ない拠点の一つ。彼女が登場するオペラを観ることが出来る、世界でも希少かつ価値のある劇場なのだ。

やはりというか、そのバルトリが圧巻の歌唱である。
まあね、そうなることは最初から分かっていたんだけどさ。
それでも圧倒されてしまうのである。最高の歌手はやっぱり最高、というわけだ。

じゃあ、いったいバルトリ様のどんなところが凄いのかというと、例えば卓越したテクニック面だとか人によって挙げる点が色々あると思うが、私は「音楽を、あるいは旋律を、すべて感情に変換させてしまう比類なき表現力」なのだと思う。
迫真の演技がそうさせているというのもあろう。
だが、それ以上に、「オペラというのは人間の感情の物語であり、やるべきことは登場人物の心情表現なのだ」という彼女なりの信念から来ているのだと思う。

彼女が携えている完璧な歌唱テクニックは、こうして100パーセント心情表現のための道具として使われる。
我々観客が彼女の歌唱に胸を打たれるのは、演じている役の心情の揺れ動きが痛いくらいに伝わり、それを真正面から受け取るからだ。バルトリという歌手のおかげで、それくらい物語に没入することが出来るのだ。
これこそ、彼女の圧巻の歌唱のカギであり秘訣であると、私は断言したい。

演出家ホモキは、このように心情を歌で訴えることが出来る稀有の芸術家を得て、まさにそうしたバルトリの表現に寄り添っている。演出家もまた、登場人物の心情表現を見せるための工夫を舞台上に施しているのだ。
全体を黒で統一したシンプルな様式の中、登場人物の心の中に迷いや葛藤が生じた時、舞台に亀裂が入り、地割れを起こす。
この地割れこそ、引き裂かれた人間関係や、断腸の思い、忸怩たる思いの象徴。
生き別れたイフィジェニーとオレスト。妻に裏切られ、殺される父アガメムノン。オレストとピラードのどちらかを生かし、どちらかを生贄で殺すという選択・・・。

そんな息が詰まる展開の中に、「かつて存在していた、暖かい家族関係」として父アガメムノン、母クリテムネストラ、幼少のオレストとイフィジェニーの仲睦まじい姿を、黙役を使って見せた演出上の一瞬の光明は、私の心にしかと突き刺さった。

オーケストラの「ラ・シンティッラ管弦楽団」は、チューリッヒ歌劇場がバロックオペラを上演する際に編成されるピリオド楽器奏団。かつてアーノンクールバロックオペラを振った時も、W・クリスティが同演目の前演出版を振った時も、ピットの中は彼らだった。
カプアーノ指揮の音楽は、誇張がからず比較的オーソドックスながらも、古楽演奏ならではのきびきびとした溌剌さが音楽に新鮮さを呼び起こし、聞いていて大変心地良かった。