クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

バイロイトのタンホイザー(新演出)

NHK-BSプレミアムで放送されたバイロイト音楽祭ライブのタンホイザーを視聴した。新演出プロダクションであり、今年の音楽祭の開幕公演だ。ワレリー・ゲルギエフバイロイト初登場として注目されたが、色々な公演との掛け持ちで、十分なリハの時間を確保せず、一部から批判を浴びたというニュースも聞こえた曰く付きでもある。

視聴してとにかく感嘆したのは、演出家トビアス・クラッツァーによる目から鱗が落ちるような独創的アイデアだ。
タンホイザーは、ヴェーヌスらとキャンピングカーでドサ回りする大道芸人一座で、道化師の格好をしている。彼がヴェーヌスの下から離れ、元に帰りたいと願う場所は、なんとバイロイト祝祭劇場。つまり、既存の格式に窮屈さを覚えたオペラ歌手が自由を求めて大道芸人になったという設定なのだ。

弾けた演出が特に冴えまくるのは第二幕。
離れていったタンホイザーを追いかけてきたヴェーヌスとその一座が、バイロイト祝祭劇場の本公演に侵入。ヴェーヌスは出演するアンサンブル歌手の一員に変装してステージに紛れ込み、歌合戦でタンホイザーがヴェーヌスの愛を称えると、そこでついに本性を表してタンホイザーと再会するという、びっくり仰天の展開。
公演中のまさかの不審者侵入という非常事態発生に、映像の中で出演するK・ワーグナー総裁が警察に通報。実は過去に人を殺して逃亡し、容疑者手配されていたタンホイザーは、そこであえなく逮捕され、連行されるという筋書きだ。

普通これだけのブッ飛び読替えだと、既存の物語や音楽、セリフと乖離が発生し、違和感が充満してしまうのがオチだが、決してそうならないのは、堕落と誠実忠義の間を彷徨うタンホイザーの本質や、ワーグナー本人の言葉とされる「意思、行為、享楽の自由」(大道芸人一座が掲げて触れ込みを図るコンセプト)の解釈を演出家がしっかり捉え、鋭く見抜いているからだろう。
私なんかは単純にドラマの展開が面白くて腹を抱えて笑ってしまったが、これだけ視覚要素が詰め込まれると、音楽がそっちのけになってしまう危険性もあって、諸刃の剣かもしれない。

さて、肝心のゲルギエフ指揮による音楽だが、私は実に素晴らしいと感じた。まるで、やっつけ仕事を批判する奴らに、結果を出して黙らせたような鮮やかさだ。
まあ、そうは言っても、少なからずアンチはいたみたいで、カーテンコールでもブーが飛んでいた。
しかし、そのブーを多数のブラヴォーがかき消した格好だ。やったじゃんか、ゲルギー!
ただし、来年の再演タンホイザー指揮者は変更となり、たった一年でバイロイトから去っていく結果となったのは、なんとも皮肉としか言いようがない。

歌手では、エリーザベト役のリーゼ・ダヴィットセンが、デビューとは思えない貫禄の歌唱で、圧倒的。
タイトルロールのグールドは、世界最高のワーグナー歌手の実力をそのまま示した抜群の安定感。
本来出番のない第2幕で大立ち回りしたヴェーヌス役ツィトコーワは、グバノヴァの代役出演だったが、まるで彼女のために制作されたかのような獅子奮迅の活躍ぶり。来年は当初に予定されていたグバノヴァが元に戻って出演するみたいだが、ちょっと惜しい気がする。

今回のタンホイザー演出で頭角を現したクラッツァーは、これから演出の新時代を切り開いていく逸材かもしれない。只者ではない気配がプンプンだ。
実は、私は10月にリヨンでロッシーニ「ギョーム・テル」を鑑賞する予定だが、この新演出を担当するのがクラッツァー。なんだかめちゃくちゃ楽しみになってきた。